店長のひとりごと~ツイてるblog~ > 思う

2010-06-12-16:24 思う

6月5日

6月5日_(旧暦)
旧暦6月5日(きゅうれきろくがついつか)は旧暦6月の5日目である。六曜は仏滅である。


私の35歳8ヶ月にあたる、6月6日の前日は6月5日。

今年の6月5日(土)は息子の運動会でした。
そして、高校時代一緒に野球をしていた友人の結婚式も同じ日に重なっていました。

もちろん、どっちを優先するかとをいうと息子の運動会ということになります。

息子は3年生ですので、出る競技は午前中に終わります。もっとも楽しみしている徒競走が終わったら、着替えて結婚式に行く予定でいました。

友人の結婚式に野球部のみんなで余興をやることとなっていました。5月の連休に我が家で打ち合わせをしていましたが、当日最終打ち合わせと練習を朝からやるので会場には10時集合となっていました。
5日は運動会があるので、その打ち合わせには出られません。もしかしたら、披露宴にも間に合わないかもしれない。そのくらいに時間に行くことにしていました。

土曜日が雨になれば、運動会は延期で6日になり、余興の練習もいけるし、披露宴にも間に合う。
雨にあればいいなぁ~って思っておりました。

その週の仙台はとても天気が良かった。ずーっと快晴が続いていました。月曜日の段階で土曜日の予報は晴れ。
火曜から木曜日までずーっと晴れ。金曜の夕方ににわか雨の予報がでていましたが、土曜日は晴れの予報。
金曜日の夕方には雨が降らず、天気予報を見ると土曜日は曇りになっています。

そして、土曜日の朝。外を見ると水溜りがあります。
天気予報が外れて、雨になりましたが・・・

やった~俺ってツイてる!


しかし、朝6時には花火が上がりました。
やるようです。

こどもは喜んでいますが、外は雨。ネットで予報を見ると今日はずーっと雨。

でも、学校から来る連絡は「運動会は開催します」というものです。
そのまま中止であれば、私の予定通りでしたが、そう簡単にはいかないようです。

お弁当を持って、運動会には必要の無い傘をさしてグランドに行ったときに放送が流れます。

「今日の運動会は中止にします」

9:15の出来事でした。

ということで、運動会は日曜日に延期になりました。


続きます。


今日はここまで。


ありがとうございます








2010-06-08-23:24 思う

6月6日

6月6日(ろくがつむいか)はグレゴリオ暦で年始から157日目(閏年では158日目)にあたり、年末まであと208日ある。


釈迦の誕生日は4月8日。これを灌仏会(かんぶつえ)、花祭と言います。
王子として裕福な生活をしていた釈迦は29歳の時に出家します。
そして、35歳の12月8日にピッパラ樹の下で悟ったのです。これによって釈迦は悟った者(覚者)、すなわち「ブッダ(仏陀)」になったのである。この日を成道会(じょうどうえ)と言います。

釈迦は4月8日に生まれて、35歳8ヶ月で悟った。

「3・5・8」は聖なる数字です。
この数字には不思議な力があるようです。

私は1974年10月6日生まれ。
2010年6月6日は、ちょうど35歳と8ヶ月でした。

私はこの日に悟ることが出来たのでしょうか!?

つづきは次回。


今日はここまで。

ありがとうございます。

2010-05-23-08:15 思う

ラジオ

ラジオ【radio】
電波を利用して放送局から送る報道・音楽などの音声放送。


これはあくまで私の勝手な考え方ですので、正しいわけではありません。



山形に車で移動する時、あるラジオ番組を聴いていました。
お昼頃の番組だったと思います。リスナーの悩みに有識者が答えるというものです。

何度かこの番組を聴いたことがありましたが、聴いている間にだんだん嫌になってきます。
悩みのすべてが、「自分以外の人が自分の思う通りにならないのですがどうしたらいいですか?」というものなんです。私が相談を受ける立場なら「自分の思う通りにしようと思わないこと、それて気にしない」と即答したいくらいですが、有識者たちは色々な例を挙げてはその人の悩みに答えています。
しかし、そのありがたい答えも相談者は「でも・・」とか「だって」とかで遠まわしに否定して、自分が正しいと訴えています。結局は解決しないと思います。
その問答が好きではないので、途中でラジオを切ってしまいます。

ある時に相談が簡単に言うと、相談者の夫と相談者の母親との確執についてでした。

そのときの有識者(このときは小説家と言っていました)の答えが、「徹底的に闘う」というものでした。
一瞬耳を疑いました。「闘うの?」正直びっくりです。ここは平和的解決法をアドバイスするべきでしょう!って思いました。

闘いは空しい。闘いの後を想像すると気が付くはずです。

もっと驚いたのが、その相談者にはこどもがいます。まだ未就園児です。
そのこどももためにも闘いなさいと言っています。
相談者の夫が家の主であるとしっかりとしたところを見せるべきだと。

さらに耳を疑います。私はそのこどものためにも平和的解決をしたほうが良いのでは?と聴きながら思っていたので、びっくりです。

このこどもにとって親は見本になっているわけです。
その親が自分の思い通りにならないことがあれば闘って打ちのめして勝ち取れって教えることになります。
自分と違う考えや価値観を持っている人がいたら、闘って自分の意見を通せってことですよね。

どうなんでしょう?

これは私の勝手の考え方ですが、この有識者の意見に反対です。

相手を受け入れて、認めて、平和的解決するほうがみんなが幸せになれるのではないでしょうか。


今日はここまで。

ありがとうございます。

2010-04-25-08:09 思う

自己紹介

じこ‐しょうかい【自己紹介】
初対面の人などに自分の名前・職業・身分などを、自分で知らせること。


昨日の土曜日に授業参観に行ってきました。
私は落ち着き無い子供でした。授業中に後ろを向いて話をしたり、途中で帰ろうとしたりしてたので、その姿を見た父親が恥ずかしいという理由で小学校一年生以来参観日には来なかったくらいです。

私にそういうところは似なかった息子は積極的ではないですが、静かに授業を受けています。
こどもの学校関係イベントは出来るだけ参加したいので、毎年授業参観には出かけていました。

昨年の担任の先生は、新任で授業慣れしていないというのが観ている私たちでも伝わってくるので、心で応援しながら観ていました。今年はベテラン女先生です。観たところ25年はやっているという感じです。授業の進め方や子供たちへの接し方などは流石慣れています。偉そうに言わせていただけると慣れているだけで、正しいかどうかは分かりませんが。

ボーっと授業を見ていると、こどもたちに「がんばって」「がんばって」と何度もいっています。

積極的に挙手をしている優秀な子が2名ほどいます。その二人には「偉いですね~」と何度も褒めるのですが、手を上げていないその他大勢には「がんばりなさい」と叱咤激励するわけです。

私はどうもそのやり方が好きではない。あくまで個人的な意見ですが・・・
出来ないもんは出来ない。がんばりようがない時もあるし、がんばってる子に対して「がんばって」とか「残念ですね」とがっかりされるとこどもの心は傷つくのかもしれないと思っていしまいます。
手を上げられない理由は、答えを知らないからではない場合のほうが多いと思います。

ここから挙手をして答えられる子が優秀で、それが出来ない子との差が出てしまうような気がします。
先生側の見方の差が個人の実力の差になってしまう、そんなことを考えてしまいました。

実際、こどもたちがそれを感じていなければいいのですが。

「がんばれ、がんばれ」と言う声を聞きながら、教室に掲示されているこどもたちの作品を眺めていました。
廊下側の壁に全員の「自己紹介カード」が、カラフルに色を塗られて貼ってあります。

うちの子が毎日のように遊んでいるお友達を観て思わず笑っちゃいました。
「長所は?」とか「夢中になっていることは?」など、質問が書かれている窓があり、そこに各々自分で書き入れるようになっています。そのお友達の自己紹介カードの「好きなことは? ねること」「きらいなことは? べんきょう」とか書かれていました。今の学校教育への反感とも思える内容です。


うちの子はどうなんだろうと探してみます。
見つけました!

「きらいなことは? むりやりさせられること」

この先「がんばれ」って言われ続けるのに苦痛を感じなければいいのですが・・・


今日はここまで。

ありがとうございます。



2010-03-27-14:10 思う

溢れ出る

あふれ・でる【溢れ出る】
入りきれなくて、内から外へこぼれ出る。


最近思うことがあります。
誰かに優しくしたり、愛情をそそぐというのは、自分が満たされていないとなかなか出来ないのではないかなって。

例えば、私がうちの子供に愛情をたくさん注ぐことが出来れば、子供は自分の周りの人たちにも優しくすることが出来るような気がします。
もちろん、私や奥さんにも優しくなる。

これは親子関係だけではなく、夫婦間も一緒だと思います。
夫婦仲が良いところの子供はたくさん愛情を受けて育つとも考えられます。

職場でも、学校でもすべて同じではないでしょうか。

自分が誰かに愛情をたくさん注いでもらえることで、心が満たされる。
その満たされた愛情が溢れ出した分を自分以外の誰かに注ぐことが出来るのではないでしょうか。

自分が満たされていない時は、なかなか自分以外の人に愛情を注ぐことというのは難しいかもしれません。

しかし、これじゃ愛情を注いでもらっていない人はいつまでたっても優しくなれないじゃいかってとも思えてきます。

だから、色々なひととの【縁】というものがあるのだと思います。

その【縁】が満たされた人とそうじゃない人をめぐり合わせて、すべての人を満たそうとしているのではないでしょうか。

すべての人との出会いは意味があるんだと思います。



今日はここまで。

ありがとうございます。



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