2010-03-30-22:41

モモ

もも【百】
ひゃく。また、他の語に付いて複合語をつくり、数の多いことを表す。
もも【股/腿】
足の、ひざから上の腰に続く部分。
もも【桃】
〔木〕a peach tree; 〔果実〕a peach


ここでいう「モモ」は本の名前です。



「時間とろぼうと ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語」です。

この本は360ページもある、小学5,6年生以上を対象にした児童書です。

『1976年9月24日 第一刷発行
 1985年5月10日 第二十一刷発行』と巻末に印刷されています。

実は、「モモ」を読み始めたのは、1985年の夏休みからなんです。
25年前の私は11歳、小学校6年生でした。
夏休みの宿題に必ずあったのが「読書感想文」です。その当時は本を読むのが好きではなかった私は簡単な本を読もうと思っていたはずです。

そんな時、父親に「この本を読みなさい」と渡されたのが、「モモ」でした。
こんなに分厚くて、タイトルも含めてわけ分からない本を正直読みたくなかったです。
だから、最初の数ページを読み、巻末の解説を読んでテキトーに感想文を書いて、さらに父親にも読んだと伝えておきました。

それから25年。

この本のこともその内容もすっかり忘れていましたが、先日実家で「モモ」の話になり、本棚を探したらまだ在ったんです。感動しました。

あの時は全く読む気が無かったのに、無性に読みたくなって読み始めてみたんです。

これはとても面白い。そして、興味深い内容に考えさせられました。
そして、25年かかってやっと日曜日に読み終わりました。

本の最後に「訳者のあとがき」が書かれています。
そこを読んでいると「なるほど~」と思えることが書かれていたので、後でチェックするためにページの下端を折ろうと思い、目をやると既に折られています。
たまたま折れたのでなく、意図的に折られていました。

私の父親も同じように本のページの下端を折る癖があります。
というより、父親の癖を真似しているのは私ですが。

もう既に25年前に父親によって折られていました。
しかも、私が「なるほど~」って思ったところに。

そして、ふっとこの本のテーマである「時間」について考えていたら、あることに気付きました。

25年前に私の父親はこの本を読んで「素晴らしい!」と思ったから、息子である私に読ませようと思ったはずです。
私と父親の年齢差は「25歳」なんです。

ということは、今の私と同じ年齢の時にこの本を読んで素晴らしいと感じ、息子に読ませようと思った。
さらに、自分で読んでいて、「なるほど~」と思ったところを折っていた。

今の私と同じことを25年前にしていたということですよね。
本当に不思議ですね。
本のタイトルといい、すべてが絶妙に重なり合っていて。何とも不思議な思いです。

結局、息子は25年経って本を自分が読んだ年齢で読んでくれたんだから、父親にとってもよかったんです。

私も「モモ」に時間をとりかえしてもらうことが出来ました。


今日はここまで。

ありがとうございます。
















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2010-03-28-14:44 すてきななはし

お迎え

お‐むかえ【御迎え】
迎える人を敬って、その人を迎えることをいう語。



先日、帰宅途中でもうすぐ目の前が私の住むマンションだという時に携帯がなりました。
着信音からうちの子供だというのがすぐ分かります。

「もしも~し」と電話に出ると。
「いまどこ?」
「もうマンションの目の前だよ、玄関に出てみてごらん、見えるから」
「わかった~、ちょっとそこで待ってて、ママに言ってくるから」と言って、電話をその場においてママのことろへいったのでしょう、私が「もしもし」といっても無反応です。

仕方がないので、マンションを目の前にして立って待っていました。


しばらくして、「パパ~、いま玄関出るから」

すると6階の廊下に少し玄関の光が漏れているのが見え、すぐに小さい影が手すりから頭だけ出してこちらを多分みています。こちから顔までは見ることは出来ません。

「パパ、どこ?」
「すぐ目の前の電信柱の側にいるよ」

「あ~いた!」と手を振っています。受話器の声と6階からの声とがだぶって聞こえます。

「エントランスまで迎えに来て」
「いいよ、ちょっと待てて」と、今後はママに話しかけています。「パパ迎えにいっていい?」と声が聞こえてきます。

「今、靴下はいてから行くね」
「靴下はかなくていいから」といっている間に
「今靴下はいてます」と実況しています。

その間、私はずっと電信柱の側に立っています。
その脇をマンションの住人が何人も通っていきます。

再び、6階の廊下に玄関に光が漏れたのが見えたので、私もマンションにエントランスに向かって歩き出しました。
「今玄関でたよ、エレベーターで行くね」といって電話を切りました。
遠くで、ドタドタと走る音が聞こえます。

エントランスの自動ドアを抜け、エントランスで待っていると、正面から子供が歩いて来るのが見えました。
あっちも私を見つけ走り始めます。

うちの子は小さいときから、お迎えに来てくれるといつも私を見つけて走ってきてくれました。
それは今も変わりません。

走ってくる子供を抱きしめて「ただいま!」といって抱き上げようとしましたが、もう重くてすぐには持ち上げれません。ここが小さい頃と変わったところですが、笑顔で走ってきてくれる幸せ感は今も変わりません。

いつまでも変わって欲しくないなって無理な願いをついしてしまいました。



今日はここまで。


ありがとうございます。

2010-03-27-14:10 思う

溢れ出る

あふれ・でる【溢れ出る】
入りきれなくて、内から外へこぼれ出る。


最近思うことがあります。
誰かに優しくしたり、愛情をそそぐというのは、自分が満たされていないとなかなか出来ないのではないかなって。

例えば、私がうちの子供に愛情をたくさん注ぐことが出来れば、子供は自分の周りの人たちにも優しくすることが出来るような気がします。
もちろん、私や奥さんにも優しくなる。

これは親子関係だけではなく、夫婦間も一緒だと思います。
夫婦仲が良いところの子供はたくさん愛情を受けて育つとも考えられます。

職場でも、学校でもすべて同じではないでしょうか。

自分が誰かに愛情をたくさん注いでもらえることで、心が満たされる。
その満たされた愛情が溢れ出した分を自分以外の誰かに注ぐことが出来るのではないでしょうか。

自分が満たされていない時は、なかなか自分以外の人に愛情を注ぐことというのは難しいかもしれません。

しかし、これじゃ愛情を注いでもらっていない人はいつまでたっても優しくなれないじゃいかってとも思えてきます。

だから、色々なひととの【縁】というものがあるのだと思います。

その【縁】が満たされた人とそうじゃない人をめぐり合わせて、すべての人を満たそうとしているのではないでしょうか。

すべての人との出会いは意味があるんだと思います。



今日はここまで。

ありがとうございます。



2010-03-22-09:36

ホ・オポノポノ

ホ・オポノポノ(Ho'oponopono)は、ハワイ語で、PukuiとElbertによるハワイ語辞典において「心の洗浄。祈り、議論、告白、後悔、互いの補償と許しによって関係を整える家族会議」と定義される言葉。この言葉は、家族のあるいは個人の癒しの方法を指す言葉として知られる。


ホ・オポノポノ、ホ・オポノポノ、ホ・オポノポノ・・・・

言っていても、書いていても、読んでいてもこんがらがってくる言葉ですが、このホ・オポノポノが素晴らしい問題解決法なのです。



先週、この本を借りて読んでいました。

読みながらすぐにホ・オポノポノを実践してみました。

何をするかといいますと、「ごめんなさい」「許します」「ありがとう」「愛してます」の4つの言葉を心の中で唱えるだけです。

不思議と気持ちが軽くなります。


ホ・オポノポノでは、目の前に起こる問題はすべて自分に責任があると考えます。
そこでその原因となる潜在意識の中にある情報を「ごめんなさい」「許します」「ありがとう」「愛してます」の4つの言葉を心の中で唱えることで消去し、解決するというものです。

とても簡単で、なおかつ効果がある方法だと思います。

著者は本のなかで「手放せ」や「ゼロ」という言葉を何回も書かれていました。
ホ・オポノポノは4つの言葉を唱えることで潜在意識の中の情報を消去することを「手放す」や「ゼロ」という言い方をしていました。般若心経の「空」といういい方もしていました。

般若心経も「こだわりを捨てなさい」と言っていますし、釈迦も苦の根源は「執着」だとも言っています。

その執着を捨てる(消去)する方法はホ・オポノポノなのかもしれません。

私たちは過去の情報によって判断しています。問題はその過去の情報が再生されて起こっているようです。
その過去の情報を消去することで問題が解決されるということです。

例えば、遅刻ばかりする人がいるとしましょう。
その人を遅刻させないようにするためには、叱ったり、注意したり、遅刻はだけだと諭そうとしますが、なかなか改善されません。
ここでホ・オポノポノを実践してみます。
これは「彼はいつも遅刻をするという」過去の情報が再生されて起こっている。この問題の責任は自分にあると考えます。
「一体、自分の潜在意識の中のどの情報が原因で彼が遅刻をしてしまうのだろうか?」と問いを持ち、「ごめんなさい」「許します」「ありがとう」「愛してます」と心の中で唱えます。
この作業を「クリーニング」といいます。

すると、彼の遅刻がなくなり、問題解決。
面白いのが自分以外の人の事も、自分に問題があると考え、ホ・オポノポノをすることで自分以外の人の行動に変化があるという点です。

これは、色々な問題を解決できる方法ではないでしょうか。
売上不足も病気も、精神的な問題もホ・オポノポノで解決できそうです。


興味のある方は是非、本を読んでみてください。


「ごめんなさい」「許します」「ありがとう」「愛してます」

今日はここまで。

ありがとうございます。


2010-03-20-09:21

返事

へん‐じ【返事/返辞】
呼びかけに対して答える言葉。答え。返答。


先週の木曜日に東京へ出張してきました。
ひとりでの出張は移動時間に本を読む時間がたくさんあるのでうれしい。

まだ読んでいない本が4、5冊と歴史小説が数冊あり、どれを持っていくが迷っていました。

そのとき読んでいたのが、伊坂幸太郎の終末のフールでした。


もう後一章で読み終わるところだったので、もう一冊はもって行こうと思って本の見出しと気分で本を選んでいました。

候補のひとつめは、茂木健一郎さんの「ひらめきの脳」でした。


帯には「ひらめきは天才だけのものじゃない。アハ!体験があなたを変える」と書かれています。
わくわくしています。

もう一つは、司馬遼太郎さんの「酔って候」です。


こちらの帯には「大変革期の藩主たち。何を思い、維新の世を迎えたのか- 山内容堂、島津久光、伊達宗城、鍋島閑叟」と書かれています。

悩むということはどちらを選んでも一緒ということですから、両方持っていくことにしました。
なので、東京には仕事で行くわけですから、資料を持って行きます。その他に上記の本を3冊持っていきました。

案の定、あっというまに終末のフールは読み終わってしまい、さーってどれを読もうかと思いカバンを開けると、黄色い封筒が見えました。「そうだ、不思議研究所から『不思議の友』が届いていたんだ~」と思い出しました。
私は森田健さんのファンです。不思議の友は無料の会報誌です。

本を読む前にふし友(不思議の友の略)を読むことにしました。相変わらず、他じゃ読めないよう面白い内容でした。
そして、びっくりすることがありました。

それは、ふし友に迷っていた2冊の本をどちらを読めばいいか書いてありました。
偶然なのかもしれませんが、これは「どっちを読んだらいいのか?」という質問に対して、返事をいただけた感じです。

そこには長崎について書いてありました。今、話題の坂本龍馬についても記述があり、土佐藩藩主「山内容堂」まで出てきました。さらには、司馬遼太郎さんの言葉なども書いてあり、これは「酔って候」を読んでみてはいかがですか?と言われているようでした。

時空というか、宇宙というか、神様と言えばいいのか分かりませんが、質問をすると返事をしてくれます。答えを返してくれます。普段それに気付いていないだけだと思います。色々なところにアンテナを張っていると返事がもらえることが非常に多いです。

例えば、悩んでいたときにある本を手にとり質問をする。そして、本を適当に開いて見るとそこにその質問に対する答えが書いてあったりする。
とても不思議ですが、森田健さんがおっしゃていましたが、神様は質問をされたいみたいです。
だから、どんどん問いを発したほうがいいようです。

ということで、新幹線で「酔って候」読んでいました。この本もかなり面白い本ですので、読んでみてください。

今日はここまで。

ありがとうございます。




2010-03-14-13:46 笑えるはなし

バーバパパ

バーバパパ (仏Barbapapa、発音バルブ・ア・パパ) は、アネット・チゾン(Annette Tison)とタラス・テイラー(Talus Taylor)による絵本、またその作品に出てくるキャラクターの名前でもある。


私が小さい頃、バーバパパが大人気で、大好きでした。

バーバパパって、フランス語で「綿菓子」という意味らしいです。


今日はここまで。


ありがとうございます。

2010-03-13-09:32 おすすめ

花粉症

かふん‐しょう【花粉症】
花粉によって起こるアレルギー。春には杉、秋にはブタクサ・ヨモギなどの花粉が原因となり、くしゃみ・鼻水や目の充血・かゆみなどの症状が起こる。枯草熱(こそうねつ)。


先週の木曜日に東京へ出張しました。

仙台では、水曜日に大雪が降りましたので、木曜日はまだまだ市内にも雪が残っていました。

新幹線に乗っていざ東京へ。
私は数冊の本を持っていっていましたので、車中ずっと本を読んでおりました。
一時間ほど経った頃、なんだか変なんです。自分が。

自分が変化していくのがわかります。

目が痒くなる。
鼻がむずむずする。
鼻水が出る。

そうです、花粉症です。

仙台にいる時は雪のおかげもあって、まだ楽なのですが、東京へ近づけが近づくほど酷くなってきました。

渋谷で打ち合わせでしたが、時間が経つほど酷くなってきます。
打ち合わせが終わって仙台に帰るころには、もう目は真っ赤になっていました。

朝、仙台は出るときには何ともなかったのに、一度発症すると雪が積もっている仙台にいても痒みと鼻水は止まりません。

しんどい。

今朝、うちの親父に聞いた話なのですが、花粉症には「ヤクルト」がいいみたいです。

一日、1本のヤクルトで花粉症が治るようです。

早速、今日から私もヤクルトを飲んでみようと思いました。


花粉症は「完全主義者」がなるようですので、私はまだまだ完全主義者なのかもしれません。
頑張らないようにすれば、治るかもしれませんね。

今日からヤクルトを飲んで、経過を報告します。


今日はここまで。

ありがとうございます。




2010-03-07-09:05 思う

自由

じ‐ゆう〔‐イウ〕【自由】
1 自分の意のままに振る舞うことができること。また、そのさま。
2 勝手気ままなこと。わがまま。
3 《 freedom 》哲学で、消極的には他から強制・拘束・妨害などを受けないことをいい、積極的には自主的、主体的に自己自身の本性に従うことをいう。つまり、「…からの自由」と「…への自由」をさす。
4 法律の範囲内で許容される随意の行為。


自由が欲しかった。自分勝手に自由に使える時間的な自由が。

欲しがれば欲しがると手に入らない。むしろ無くすもの方が多い。

妻との会話。子供と遊ぶ時間や会話。心の余裕。

だから、自由時間を欲しがらない。もういらないって思うようにした。

妻との時間。子供との時間。心の余裕と笑顔を大事にした。

心に余裕を持たせるために、頑張らないことにした。もちろん仕事も。

そうしたら、自由が手に入った。

自由時間を欲しがっていたときには手に入らない、自由が手に入った。

それは、心の自由だった。

誰かのためにすることが、自分にしてもらえるようになった。

「私」が今、笑顔で生きていられるということは、、すべてありとあらゆる存在の人から、「為し合わせ」としていただてているのです。

「為し合わせ」とは、お互いにしてあげることで「幸せ」という言葉の語源です。

自分だけの時間を欲しがっているときには、感じられなかった「幸せ」を感じることが出来た。

幸せの根源とは「為し合わせ」だと気付いた。


今日はここまで。

ありがとうございます。




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